2013/06/17

誤報か?「実名制はコメント荒らしを解決できない」韓国の事例

TechCrunch記事が話題に

FacebookやGoogle+がユーザ登録に際して実名を求めたことから、実名登録の是非について議論されることがありました。実名登録の目的の一つは悪質コメントの抑制にありました。しかし、その効果に疑問を投げかけるTechCrunch記事が話題となり、「実名制はコメント荒らしを解決できない」は(日本では)定説となりました。

当該記事を引用します。

2007年、韓国は利用者10万人以上のサイトすべてに対して、一時的に実名使用を強制した。しかし、後にこれが罵倒や悪意のあるコメントの一掃に効果がないと分かり、廃止する(このポリシーによって減少した迷惑コメントは0.9%だった)。

(略)

しかしこのポリシーは、韓国通信委員会の調査によって迷惑コメントが0.9%しか減っていないことがわかるとすぐに廃止が決定された。

実名制がコメント荒らしを解決できない、驚くほど確かな証拠 | TechCrunch Japan

but scrapped it after it was found to be ineffective at cleaning up abusive and malicious comments (the policy reduced unwanted comments by an estimated .09%).

(略)

The policy, however, was ditched shortly after a Korean Communications Commission study found that it only decreased malicious comments by 0.9%.

Surprisingly Good Evidence That Real Name Policies Fail To Improve Comments | TechCrunch

たしかに、悪質コメントのうちの0.9%しか減少させられないなら、このポリシーにはあまり意味がないように思われます。

悪質コメントは0.9%しか減らない?

このTechCrunchでは、データの出所として韓国通信委員会の調査を挙げ、朝鮮日報の英語版記事にリンクしています。ところが、この朝鮮日報記事では、TechCrunchとは違った数字が出ています。

当該記事を引用します。

According to a study by the KCC, malicious comments accounted for 13.9 percent of all messages posted on Internet threads in 2007 but decreased only 0.9 percentage points in 2008, a year after the regulation went into force.

[拙訳]韓国通信委員会の調査によれば、悪質コメントは2007年にインターネットに投稿された全てのコメントのうち13.9%を占めていたが、ポリシーが強化されて1年後の2008年には、わずか0.9ポイントしか減少しなかった。

The Chosun Ilbo (English Edition): Daily News from Korea - Real-Name Online Registration to Be Scrapped

お気付きでしょうか?

朝鮮日報では"0.9 percentage points"としているのを、英語版TechCrunchでは"0.9%"とし、この誤りは日本語版でも踏襲されています。しかし、0.9ポイントと、0.9%では大違いです。

朝鮮日報が言っているのは、2007年には全てのコメントのうち13.9%が悪質コメントだったが、2008年には13%になったということです。減少した悪質コメントは0.9%ではなく、6.5%です。

さらに考慮すべきことは、2007年から2008年にかけてインターネット人口が増加しているはずであり、絶対数としても減っていることです。

もちろん、悪質コメントを根絶するというにはほど遠い結果には違いありません。13.9%と13%にどれほどの違いがあるのかという意見もあるでしょう。

しかし、いずれにしても誤報は誤報です。

すぐに廃止が決定された?

さらに指摘するならば、英語版TechCrunchが"ditched shortly after"とし、日本語版が「すぐに廃止が決定された」としているのも、かぎりなく誤報に近いと思います。

ここで韓国の実名制と言っているのは、住民登録番号の登録義務をいい、2007年に実施拡大され、廃止の方針が発表されたのが2011年12月です。その発表を伝えたのが前出の朝鮮日報記事です。さらに2012年8月に違憲判決が出され、これが完全に禁止されるのは2015年の予定です。2009年からは住民登録番号に代わるi-PINという別の識別番号に置きかえられたので、事実上の実名制は今後も続きます。

しかしTechCrunch記事では、2008年に悪質コメントが減らないことが分かったので、すぐに廃止が決定された、またはすぐに廃止された(すでに廃止されている)、といった誤読を招きそうです。

わずか30%の減少は焼け石に水?

TechCrunch記事では、実名ポリシーでは悪質コメントを最大でも30%しか減少させないとするカーネギーメロン大学の研究を引用し、「委員会の推定によると悪質なコメントは全体の13%だけであることから、わずか30%の減少は、汚れたコメントシステムにとっては焼け石に水だろう」としていますが、これも正確な議論ではありません。

委員会(韓国通信委員会を指す)は、実名ポリシーを導入する以前の悪質コメントを13.9%としているのですから、ここで13%と言っているのは誤りです。また、委員会はすでに実名制の導入により0.9ポイントの減少があったとしているのですから、わざわざ他の研究から数字を引いて「たった30%が減少しても…」と言う必要がなく、無意味です。

それに、13.9%のうち30%が減るのであれば、全体に占める悪質コメントは9.7%になるのですから、「焼け石に水」というにはずいぶん大きな成果と見ることもできるでしょう。

カーネギーメロン大学の研究は、1~2件の悪質コメントを投稿するライトユーザを減らすとしていますが、悪質コメントのヘビーユーザは例えていえば「隔離状態」であることが多く、実害のほとんどは身近なライトユーザによって起こされているのではないでしょうか。つまり、2ちゃんねるに書きこまれる大量の悪質コメントよりも、Facebookへの少数の悪質コメントのほうが現実的な脅威である、ということです。


朝鮮日報が伝えている韓国通信委員会の調査については直接確認していませんが、いずれ機会があったら調べてみたいと思います。(この記事のタイトルを「誤報」とせず「誤報か?」としているのは、委員会調査が実際に「0.9%」としている少数の可能性があるからです。)

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